大人の恋

ねだって買って貰ったパラソルを傾けると、ああ、立派なレディですね――と、彼は笑った。フリルの間から昼下がりの日差しが目に零れて、柔らかな彼の笑顔が光に滲む。

眩しさに目を覆う振りをして、掲げた手で紅潮した頬を隠す。高鳴る鼓動を宥めるために、少女は愛おしい笑顔から、遠くの稜線へと視線を移した。空は雲一つなく澄み渡っていて、山々との境にうっすらと白い線が入っている。

そよ風は時折足下の草をゆったりと撫ぜていったが、初夏の陽気を払拭するには至らない。力強い日差しと青々とした生命の息吹がむっと絡まり合い、肌にじんわり汗を誘った。

視界を埋め尽くす、胸が痛くなるような青と碧。劇画のワンシーンを思い出す。

少女たちの立つ丘の下では、ピクニックシートを広げティータイムの準備が着々と進んでいる筈だが、まるでこの世界に二人っきりで佇んでいるような錯覚を覚えた。

漂う雰囲気を壊してしまわぬよう息を潜めつつ隣を見上げると、彼の額にうっすら汗が滲んでいる。少女はポシェットからアイロンを良く当てたハンカチーフをとりだし拭おうとした。が、どんなに手を伸ばそうとも長身の彼には届かない。

つま先立ちでよたよたしていると、少女の意図に気付いた彼が小さく笑って身を屈めてくれた。

近くなった額にホッとしつつも、少女は幼い我が身に顔を顰めた。

「!」

と、ハンケチが額に触れるか否かの瞬間、彼は弾かれたようになだらかな斜面を振り返った。目前にあった面長の顔が、再び少女の手の届かない高さへと離れていく。

つられて視線を巡らせると、淡い桃色のワンピースを着た女性が一人、草とスカートの裾に足を取られぬようゆっくりと丘を登ってきている。おそらくティータイムの準備が終わった事を知らせに来たのだろう。自分に向けられた二対の双眸に気付くと、優雅に傾けたパラソルの影でひらひらと手を振ってみせる。

それに答えるよう、少女の隣で彼も手を振り返した。その横顔はほんのりと赤く、先ほど少女がそうであったように、眩しすぎるとばかり目が細められる。

「……………………」

こみ上げる何かを堪え、少女はパラソルの影で俯く自分を隠した。褒められた時はあれほど誇らしかったパラソルが、途端、不釣り合いで不格好なものに思えて恥ずかしくなる。

堪えきれず目頭ににじみ出た何かを、彼の汗を拭くはずだったハンケチでそっと拭う。アイロンがよく利いたハンカチーフは香水の代わりに野暮ったい糊の匂いがした。